
歴史ミステリー
東京の地下から、なぜ「人骨」が出てくるのか。
東京、新宿、港区、上野、浅草――毎日、何百万人もの人間が歩いている。ビルを建てる。道路を掘る。地下鉄を造る。すると時々、東京の地下から予想もしなかったものが現れる。人間の骨。頭蓋骨。歯。そして、大量の人骨。なぜ、世界有数の巨大都市の地下に、人間の骨が眠っているのか。
東京では、本当に人骨が見つかっている
これは都市伝説ではない。東京では、建設工事や発掘調査によって人骨が発見されることがある。理由の一つは単純だ。現在の東京と昔の東京では、土地の使われ方が違う。今マンションが建っている場所が、200年前にも住宅地だったとは限らない。寺だったかもしれない。墓地だったかもしれない。刑場だったかもしれない。あるいは軍の施設だったかもしれない。
江戸には大量の寺院が存在し、寺には墓地があった。しかし東京は変化する。明治、大正、昭和と道路が造られ、鉄道が通り、土地が整理され、寺院や墓地も移転する。その跡地に、別の建物が建つ。100年、200年と時間が経つうちに、そこが墓地だったこと自体が忘れられていく。
建物は地図から消える。寺の名前も消える。町名まで変わる。しかし地下まで完全に消えるとは限らない。昔の墓、石、遺構、そして人骨――地上の東京は何度も作り直されてきたが、地下には、その前の東京が残っている。
新宿で起きた、奇妙な発見
1989年、東京・新宿区戸山。国立予防衛生研究所(現在の国立感染症研究所)に関連する工事の際、地下から人骨が発見された。しかも一人ではない。多数の人骨、頭蓋骨などが次々と見つかり、後に「戸山人骨」などと呼ばれるようになる。そしてこの発見が、非常に大きな謎を生んだ。
現在の戸山周辺には、戦前、旧日本陸軍の施設――陸軍軍医学校が存在した。軍の医学研究・教育に関係する場所だ。そして地下から大量の人骨。この二つの事実が結び付けられ、「人体実験ではないのか」「戦争中に何かが行われていたのではないか」「秘密裏に処理された遺体ではないか」といった様々な説が語られるようになった。
しかし、ここから先は慎重に見る必要がある。人骨が発見されたこと、旧陸軍の施設があったこと――これは事実だ。しかし「だから人体実験の犠牲者だ」と直ちに結論づけることはできない。人骨の年代、由来、なぜその場所にあったのか、様々な調査が行われたが、すべての疑問について誰もが納得する一つの答えが出たわけではない。だからこそ、この場所は今も語られる。
説明できる骨もある
人骨が出たからといって、必ず事件とは限らない。昔の墓地、寺院跡、江戸時代の埋葬地――発掘すれば人骨が出ても不思議ではない。考古学では、人骨は非常に重要な資料になる。年齢、性別、病気、栄養状態、当時の生活。骨には、文字に残らなかった人々の情報が記録されている。つまり人骨は「恐怖の対象」であると同時に、東京の歴史そのものでもある。
今日あなたが歩いた道路。その場所が、江戸時代に何だったのか――寺、墓地、武家屋敷、処刑場、火葬場、軍施設、病院。現在の景色からは、ほとんど想像できない。コンビニ、マンション、オフィス。その下に、別の時代が存在する。江戸には、処刑を行う場所――小塚原や鈴ヶ森もあった。現在では周囲の景色は完全に変わっている。車が走り、電車が走り、住宅がある。しかし数百年前、そこにはまったく違う東京があった。人間の記憶は消え、街も変わる。しかし場所そのものは動かない。
「この土地、昔は何だった?」
不動産を見るとき、私たちは現在を見る。駅まで何分、価格、築年数、方角、学校、治安。しかしもう一つ、問うべき質問がある。「ここは昔、何だったのか」。古地図を見ると、東京の景色が変わる。今の高級住宅街に寺が密集していた。巨大な屋敷があった。川が流れていた。墓地があった。軍施設があった。現在の住所だけでは分からない東京が出てくる。
東京は何度も破壊されている。火事、関東大震災、戦争、空襲、再開発。そのたびに新しい東京が作られた。しかし完全に消去してから作ったわけではない。古い東京の上に、新しい東京を重ねた。さらにその上に、また新しい東京を重ねる。だから地下を掘ると、昔の東京が出てくる。
巨大なビルを建て、基礎を造り、地下駐車場を造る。数メートル、十数メートルと地面を掘ることは、同時に東京の時間を逆方向へ進むことでもある。現在、昭和、明治、江戸――場所によっては、さらに古い時代。地層の中に、都市の記憶が重なっている。そして時々、人間そのものが出てくる。
怖いのは、人骨なのか
人骨を見ると、私たちは怖いと思う。しかし考えてみれば、少し奇妙だ。東京では何百年もの間、何百万人もの人間が生きてきた。生まれ、働き、病気になり、死んだ。当然、その痕跡は存在する。むしろ何も残っていない方が、不自然なのかもしれない。
それでも「大量の骨」は話が違う。一体なら昔の墓かもしれない。しかし大量に出てきて、しかもその場所に特殊な歴史がある。すると人は理由を求める。誰なのか。いつ死んだのか。なぜここにいるのか。答えが完全に分からないほど、噂は大きくなる。これが、怪談と歴史の境界だ。
現在の東京を歩いても、地下に何があるのかは分からない。道路に「200年前、この下は墓地でした」とは書いていない。マンションの入口にも「ここには昔、軍施設がありました」とは通常書かれていない。だから私たちは知らずに歩く。知らずに住む。知らずに眠る。深夜、人が消え、ビルだけが光り、道路は静かになる。その下、数メートル、さらに下には、現在の東京とは違う、もう一つの東京が眠っている。古い基礎。井戸。石垣。墓。そして人間の骨。
答えの多くは、怪奇現象ではない。歴史だ。墓地、都市開発、戦争、土地利用の変化――東京という街が、あまりにも長い間、同じ場所で巨大化を続けてきた結果だ。しかし、すべての骨について、私たちがその名前を知っているわけではない。なぜそこに埋められたのか。誰だったのか。何が起きたのか。答えが失われたものもある。地上では、東京は未来へ進み続けている。新しいビル。新しい道路。新しい街。だがその地下には、まだ名前すら分からない、過去の東京が眠っている。


