
裏歴史
「虎ノ門」に、なぜ門はないのか。
「虎ノ門」という地名には、もう虎ノ門という門が存在しない。
江戸城には外郭を守る三十六の見附(門)があったとされ、そのうちの一つが虎ノ門だった。門の名の由来は、東西南北に霊獣を配する四神思想——西を守る霊獣「白虎」にちなむという説が有力とされる。ほかにも、虎にまつわる故事にちなむ説、門内にあった大名屋敷の庭木「虎の尾」という桜の品種に由来するという説も伝わっている。
確かな記録として残るのは、この城門が明治六年(1873年)前後に撤去されたという事実だ。
ところが、門が消えた後も「虎ノ門」という呼び名は俗称として使われ続けた。都電の停留所名になり、地下鉄銀座線の駅名になり——そして正式な地名として採用されたのは、撤去から実に七十年以上が経った1949年(昭和24年)のことだった。
門という実体は明治のうちに消えている。だが、地名としての「虎ノ門」はそこから半世紀以上、正式な住所ですらないまま生き続けたことになる。
今、虎ノ門交差点を歩く人の大半は、そこにかつて門があったことも、地名だけが実体より長く生き延びたことも知らない。消えたのは門なのか、それとも門という記憶の輪郭の方なのか。
参照資料
[1] Wikipedia「虎ノ門 - Wikipedia」 [2] 東京都港区「虎ノ門(とらのもん)」


