
心霊スポット
東京には、「振り返ってはいけない」と言われる場所がある。
東京には、「振り返ってはいけない」と言われる場所がある。もし夜道で、後ろから突然「ちょっと待って」と女性の声が聞こえたら、あなたは振り返るだろうか。普通なら、反射的に振り返る。しかし東京には、それをやってはいけないと噂される場所がある。深夜、霊園の前、一本の電話ボックス。そこで後ろから声をかけられても、絶対に振り返ってはいけない。なぜなら――呼んでいるものが、人間とは限らないからだ。
霊園前に残る電話ボックスの怪談
東京には、墓地や霊園の周辺にまつわる怪談が数多く残っている。その中でも非常に奇妙な形で語られてきたのが、「電話ボックス」の怪談だ。昼間ならただの電話ボックス。しかし深夜になると話が変わる。電話ボックスのガラスに女性の顔が映る。誰もいないはずなのに、人影が立っている。そして電話ボックスから離れようとすると、背後から声が聞こえる。「ちょっと待って」。女性の声。しかし、ここで振り返ってはいけない――そう語られている。
考えてみると、電話というもの自体が奇妙だ。姿の見えない人間と、声だけでつながる。遠く離れた人間の声が、突然耳元に現れる。現在ではスマートフォンが当たり前になり、その不気味さを意識することはなくなった。しかしかつての怪談では、電話は頻繁に登場する。誰も知らない番号。無言電話。死んだはずの人間からの着信。受話器の向こうから聞こえる呼吸。電話とは、もともと怪談と非常に相性のいい装置だった。そしてそれが、霊園の前に置かれている。
「後ろ」は見えない
しかし、この怪談でもっとも怖いのは電話ボックスではない。「振り返ってはいけない」という部分だ。人間は前を見ることしかできない。背後に何があるのかは、見るまで分からない。だから「後ろに何かいる」と言われた瞬間、確認したくなる。音がする。気配がする。声がする。それでも、見るな。このルールがあるだけで、普通の夜道は突然恐ろしい場所になる。
実は「振り返ってはいけない」というモチーフは、この電話ボックスだけに存在するものではない。日本の怪談や伝承には、昔から似た構造が現れる。山道、トンネル、墓地、神社、水辺。ある場所を通過するとき、後ろを見てはいけない。名前を呼ばれても返事をしてはいけない。ついて来るものを確認してはいけない。怪談の世界では、振り返るという行為が単に「後ろを見る」ことではなくなる。こちら側と向こう側、その境界を越える行為として語られる。
千駄ヶ谷トンネルと旧吹上トンネル
以前紹介した千駄ヶ谷トンネルでは、「天井から女が見ている」という怪談が有名だ。さらに、バックミラーを見ると後部座席に女が座っている――という話も語られてきた。これも構造はよく似ている。怖いものは正面にはいない。上、後ろ、鏡の中。つまり、自分が普段見ていない場所にいる。そして人間がそれを「確認した瞬間」に、怪談が完成する。
東京・青梅にも、長年怪談が語られてきたトンネルがある。吹上峠。この場所には時代の異なる複数のトンネルが存在し、その中でも古いトンネル周辺には、女性の幽霊、背後から聞こえる声、後ろから追ってくる何かといったさまざまな怪談が残されている。そしてここでも「振り返るな」という話が現れる。トンネルという場所は、前と後ろしかない。途中まで進めば、入口は背後になり、出口は前になる。その状態で、後ろから足音が聞こえたらどうするだろう。止まる。聞く。そして、振り返る。怪談は、人間がそうすることを知っている。
本当に何かがいるのか
もちろん、これらの場所で幽霊の存在が科学的に確認されたわけではない。怪談の由来として語られる事故や事件も、後から付け加えられた可能性がある。暗闇では視覚情報が極端に減る。風、木の音、動物、車、反響、自分自身の足音――普段なら気にも留めない音が、夜になると「誰かの足音」に聞こえることがある。さらに「ここでは振り返ってはいけない」と聞かされていたらどうだろう。人間の意識は背後に集中する。すると、何もなかったはずの背後に、何かがいるように感じ始める。
ここが面白い。「見るな」と言われるほど、人間は見たくなる。「開けるな」と言われれば開けたくなる。「入るな」と言われれば中が気になる。そして「振り返るな」と言われれば――後ろが気になる。怪談は、この人間の性質を非常によく利用している。何かを見せる必要すらない。ただ「後ろにいる」と言えばいい。すると恐怖は、人間の頭の中で勝手に完成する。
東京では、後ろに過去がある
東京という街では、この構造がさらに不気味になる。東京は古いものを壊しながら巨大化してきた。刑場、墓地、古戦場、寺、川、古い町。その上に道路ができる。マンションが建つ。駅ができる。新しい東京だけを見ていれば、過去は見えない。しかし古地図を開く。歴史を調べる。そして後ろを振り返る。すると、今まで見えなかった東京が現れる。もしかすると、東京の怪談で「振り返ってはいけない」という言葉がこれほど怖く感じるのは、この街そのものが、巨大な過去の上に建っているからなのかもしれない。
夜。人の少ない道。後ろから、あなたの名前を呼ぶ声がする。知っている声かもしれない。女性かもしれない。子供かもしれない。当然、振り返りたくなる。だが、もしそこが昔から「振り返ってはいけない」と言われている場所だったら――あなたは、どうするだろう。幽霊が存在するかどうかは、ここでは重要ではない。本当に怖いのは、振り返る直前まで、後ろに何がいるのか絶対に分からないことだ。そしてもし振り返ってしまったとしても、そこに誰もいなかったなら、そのまま歩いた方がいい。もう一度、後ろから声が聞こえるまでは。


