
消えた地名
六本木の「六本」は、どこへ消えたのか。
「六本木」の“六本”とは、一体何なのか。
夜ごと光があふれるこの街には、名前の由来さえ一つに定まらない、古い空白が残っている。
港区の地名史は、六本の松の古木があったという説を紹介する。一方で、それはあくまで複数ある由来説の一つであり、はっきりとは分かっていないとも記している。[1]
国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、別の説も整理されている。上杉、朽木、高木、青木、片桐、一柳——「木」にちなむ名を持つ六つの大名家の屋敷から、六本木になったというものだ。だが、これも確定した史実ではない。[2][3]
確かに記録からたどれることもある。江戸時代、この一帯には飯倉六本木町と龍土六本木町という小さな集落があり、現在の町域の多くは武家地と社寺地だった。[1]
明治二年、二つの六本木町と龍土坂口町、周辺の門前などが合わさり、麻布六本木町が成立した。その後、昭和四十二年の住居表示で、麻布龍土町を含む多くの旧町名がまとめられ、現在の「六本木」が形づくられた。[1]
つまり、六本の正体は今も一つに決められない。六本の松だったのか、六つの「木」だったのか。それとは別に、「龍土」という名は住所の表面から退いていった。
街の名前は残った。だが、その名前を生んだものと、隣にあったもう一つの名前は見えなくなった。私たちが六本木と呼んでいる場所の下には、いまも何通りの地名が眠っているのだろう。
参照資料
[1] 東京都港区「地名の歴史(麻布地区)」 [2] 国立国会図書館 レファレンス協同データベース(港区立三田図書館)「六本木の地名の由来を知りたい。」 [3] 国立国会図書館 レファレンス協同データベース(東京都江戸東京博物館図書室)「東京都港区六本木の地名は『××木』という武士が六人住んでいたからというのは本当か。」